International Professional University
of Technology in Tokyo
学長メッセージ
東京国際工科専門職大学 学長
吉川 弘之
【第3回】専門職とはなにか
世の中には多くの専門家がいます。それなのに私たちが新しく『専門職』という人材が育つ新しい大学をつくったのはなぜでしょう。それは現代社会が新しい人材を求めていて、それに答えるためなのです。
求められている人材、それは急速に変化する現代社会が、変化に対応して安定で豊かな進化を遂げてゆくために必要な人材ですが、現代社会は多様な問題を抱えていて、従来の教育で育つ専門家の能力に加えて新しい能力を求めています。専門職大学はそれに応えるための大学です。以下に、専門家と専門職の違いをいくつかの視点で考えてみることにします。
入学試験で受験生たちは熱心に自分が将来やりたいことの夢を情熱的に語ってくれました。専門職大学で学ぶことによって、学生ひとり一人の『自由な夢』が社会で実際に『実現可能な夢』に成長するために必要な智慧を学生たちが獲得する学習環境を、教員たちが準備しています。そこでは、夢の実現のために必要な科学技術知識だけでなく、それが社会の多様な人々に受け入れられるか、経済的に普及するか、環境影響はないか、などの知識も必要です。これらの必要知識は多様で、伝統的な学問の教育課程に見られる特定の学問分野を中心とする教育では得られません。既存の大学の工学部で言えば機械科、電気学科、化学科などですが、これらの分科した学問分野の知識だけでは、学問分野についての予備知識のない、いわば解放された学生たちが抱いた『自由な夢』を実現するのに必要な多様な知識を覆うことはできないでしょう。
この『自由な夢』の実現には多く分野が必要です。それも物理学、化学、生物学、工学などの理工系分野だけでなく、人文系や社会系の知識も必要です。伝統的な、恐らく10以上の分野が必要です。これを大学の4年間で学ぶことができるか、専門職大学とはそんなに忙しく学ばなければならないところなのか、という疑問が湧いてきます。
この答えは簡単ではなく、多くの分野を総合化して学ぶ方法と言われているようなものは、学問体系の構造が未成熟のために現実的ではありません。
昔の体験のことですが、私は原子力発電所の中で働くロボットをつくる夢を持ちました。当時、原子力発電所は多重の安全性設計で事故は絶対に起きないといわれていました。しかし私は、定期点検における作業者の被爆可能性や絶対安全ということが信じられず、なんとか点検や修理を自動化するべきだと考えたのが動機でした。当時機械加工の自動化研究をしていた私にとっては、原子力技術、発電技術、安全性、経済性などの専門的知識を学んだことはなく限られた自動化知識をもとに『原子力発電所の点検修理の自動機械』をつくることに夢を持ったのでしたが、これは『自由な夢』でした1)。
まず建設途中の格納容器に入って、そこでの複雑な機器や配管などの構造や、燃料供給、流体の流路制御、熱交換などを学び、そのような環境下で自動的に働く「移動ロボット」を構想します。私にとっては知らないことばかり、専門の違う工学系の同僚5人と学生たちとチームを組み、協力して「階段の昇降も可能で、配管の背後までアームを伸ばせる多自由度移動ロボット」をデザインし、企業の協力も得て試作機をつくり実験しました。大学の中庭に発電所の一部の小さなモックアップをつくり、実験して成功。さっそく電力会社に売り込みに行き、共同研究を申し込みますが、「絶対安全な発電所にそんなものは必要ない」と断られてしまい、落胆して帰宅です2)。
その翌年、チェルノブイリの事故があり、驚くと同時に点検修理の必要性を改めて強く感じ、原子力についてより詳しく学びます。構造、作動原理だけでなく運転や点検の実際、部品の交換、故障の可能性、事故による放射能被害の拡散や経済損失など、多くは専門外ですが関心を持って学んだ結果、厳密な理論はともかく、その学問領域の人と対等に議論ができるようになりました。
ある課題に動機を持った上でそれに関連する自分には専門外の領域知識を学ぶ場合は、その領域の専門家として新製品を提案、デザインすることができるようになるとは限りません。しかし、異領域の人と話ができるようになることは十分可能です。その結果、その人とチームを組んで協力し一人ではできない仕事を達成する、それは、伝統的な領域に特化してその領域の理論を深めるという学問の探究の基本形式に従っているだけではできないことです。
実際には、科学的方法を適用して知識を得る専門領域は対象によって多数存在しています。例えば工学分野で機械工学、電気工学、材料工学など、10領域以上ありますが、学問領域の論理構造には共通なところがあり、一つの領域を専門として深く学ぶと他の領域は構造の共通性を通して推定できるようになります。このようにしていわゆる『専門家』が一生かけて深く自分の領域を考え続けるのに対し、私たち『専門職』は社会に出てゆき、自由な夢の実現のために必要であると知った自分の領域に加え他の複数の領域を使って自分の夢、そして社会の夢を実現するのです。
もちろん私はつくったロボットを受け入れてもらえなかったので専門職としては失格ですが、その後の原子力政策に関与し続けることになりました。特にチームの学生の何人かはロボットの専門職となり、福島の原子力事故の廃炉のための難しいロボットを開発して活躍しています。
このように考えると、専門家と専門職は異なるやり方で学問を学ぶことがわかります。専門家になるためには専門を究めることを目標に、専門を特定してその学びに集中して知識を身に着けて社会に入り、企業の場合は与えられた製品の開発に取り掛かることになりますが、必要知識は異なる専門家が開発チームをつくることで満たすことになります。いっぽう専門職は自分の領域を深めながら、それだけでなく動機と夢に導かれて既存の他領域も吸収しながら自ら新しい領域をつくることを目指すのです。専門職は、『知識のチーム』を頭の中につくったということもできます。
東京国際工科専門職大学は工科学部のもとに情報工学科(AI戦略、IoTシステム、ロボット開発の3コース)とデジタルエンタテインメント学科(ゲームプロデュース、CGアニメーションの2コース)があります。各コースの名前は、複数領域の学問的内容を含みながら、現在の学問分類による分野構造に縛られることなく、情報化社会の中で実現したい『夢の集合』を表すと言って良いでしょう。そしてどのコースでも情報分野の数学的構造、心理学的特性、社会的機能などの学問的基礎と、実務におけるスキルとを夢を実現する努力と並行して身につけてゆくことになります。それは専門職の経験を持つ教員の支援のもとで、講義、実習、臨地実務実習、産業人との交流、地域社会との交流などを通じで学ぶ課程であり、社会の期待に答える夢の実現のための能力を身につけると同時に、従来の学問構造とは異なる構造の知識を生み出す学問のフロンテイアを広げる専門職となるのです。
[引用文献]
1)ロボットと人間、NHKブックス、日本放送出版協会1985
2)一般デザイン学、第8章、岩波書店、2020
INDEX