International Professional University
of Technology in Tokyo
学長メッセージ
東京国際工科専門職大学 学長
吉川 弘之
【第2回】専門職大学がなぜ制定されたか
現在の我が国には、初等中等教育の上に高等教育が位置付けられ、そこに大学(大学院)、短期大学、高等専門学校、専門学校、省庁大学校などが設置されています。これらは基本的に卒業後に社会人として職業に就くことが予定され、さらに機関ごとに特徴ある教育理念を掲げていて、社会の多様な人材の要求にこたえているということができます。これらを見ると、多様な性質を持つ機関が社会の期待に応える人材を輩出することを目的として、それぞれの役割をもって調和的に設置されていると考えられます。それなのになぜ新しく専門職大学が制定されたか、ここで考えておく必要があります。
現在我が国で高等教育の大部分を占めるのは大学(700校、学生280万人)と専門学校(3000校、学生70万人)です(校数等は概数)。そして文部科学省の説明によれば、学問体系に従って学理に精通する人材を教育する大学と、社会の職業構造に従って各職業で活躍するために必要な実践力を養成する専門学校とが融合したものが専門職大学です1)。この表現は、大きな存在である大学・専門学校の両者の性質を持つ中間の大学であると理解されます。しかしこの理解は誤解であって、制定の根拠をより詳しく考える必要があります。
我が国が産業国家としての近代化を目指していた明治の初期に、欧米に学び高等教育制度を導入したときは、産業が作る職業構造に適合する人材を教育することに重きを置いていたのですが、その後の長い歴史でいろいろな変遷があり、近年には文部科学省の説明のように、基本的に学問を背景として仕事する者と、実践力を背景として仕事を行うものとが社会を支える職業構造が定着したのです。それは荒廃した戦後の日本において産業の復興に大きく貢献しました。
例えば製造業の現場で、両者が分け隔てなく協力する作業が生産性で優位に立ち、世界の注目を集めた高度成長を成し遂げて日本は経済一流国であると認められるようになりました。これを推し進めた様々な産業化政策の中で、特に高等教育の寄与が大きいことが指摘されました。構造化された学問のそれぞれの領域に精通する大学卒業者は科学技術を世界水準にまで高めることに貢献し、それを実践力を持つ専門学校卒業者が日本独自の現場で実践する調和的な構造によって高品質低価格の製品を産出する日本型生産方式を確立して、世界を席巻したのです。
しかしこの調和的な構造は日本がキャッチアップの時代を終えたあとは有効さを失ってゆきます。1980年代に、すでに日本が得意とする高品質低価格という概念は普通 のものとなり、新しい機能、新しい価値の産出という方向へと世界は転回して行きました。それは産業革命の歴史を終えて、地球環境時代へとの展開を意味していたのです。
その状況で必要な人材とは何かを簡単に表現すると次のようになるでしょう。第一に環境・状況に対する高い感受性に基礎づけられた能力によって『未知の機能とその実体化法を発見する者』、そして第二は未知の機能の実体化法を基礎として、『現実的価値を持つ製品を新しく作り出す者』ということになります。
この二つのうち前者は、「全体環境変化(Total change of environment)」すなわち豊かさ拡大を支える生産性の向上の結果として、環境人工化、大量生産大量消費、人々の広域移動、などの進歩を遂げながら、結果として人口爆発、資源枯渇、大量廃棄物発生、生物多様性喪失、新疾病発生、など困難な問題を引き起こし、これらの対処に追われる状況を生み出した今、『困難を起こさない新型の豊かさと安定』を可能にする機能を発見・策定し、実現法を考案する人材です。
そして後者は生み出された新機能およびその実現法を使って、新しい価値を固有の状況にある現実社会に関する深い状況認識に基づいて製品を実際に提案することといえましょう。これらは最近話題の「国連SDGs」2)の各課題を通して必要な解決を提案できる人材でもあります。
これらの新しく求められる人材は、前者は現在の大学の特徴である構造化された学術の各領域を守る専門家ではなく、後者は現在の専門学校の特徴である専門分野における科学知識を基礎として確立した確実な方法に従って実践する専門家ではありません。それぞれ『機能発見』と『価値実現』という新しい能力が求められるのです。機能発見は学問の専門領域を超えることが必要であり、価値実現は一定の専門の既存製品を超えることが求められるのですが、これらは既存の大学、専門学校がともに欠落あるいは不足している能力です。
しかし、前者は領域学問に精通する既存の大学教育の転換、厳密には止揚によって生まれる可能性があり、一方後者は存在する製品系列の価値向上に熟練する専門学校の止揚によって生み出す可能性があります。
このように、学問における新しい機能の発見と発見された機能の社会における価値実現とは、既存の高等教育にはその構造的理由によって困難であり、新種の機関が必要であると指摘されたのです。事実30年以上にわたって言われ続けた大学改革の歩みは遅いのですが、その本質的な原因は、この新しい期待が既存機関の成立原理に抵触するからであり、改革が既存の機関において蓄積した伝統の学問的価値あるいは方法を壊すと考えられたからだと思います。
したがって、既存機関における歴史的理由によって強固に構造化された教育法の改革は、大学と専門学校を融合することでは決して得られないと考えるべきなのです。必要なのは、大学、専門学校それぞれに欠落していた教育内容を新しく創出した上で統合し、大学とも専門学校とも違う教育システムを持つ機関を作ることであったのです。それが新しく専門職大学を文部科学省が制定した理由です。
このことから言えば、我が国の高等教育界において、既存の大学、専門学校を補完するのが専門職大学であり、三者の社会的な協力構造を可視化して広く我が国における認識を広めることが日本の高等教育における人材育成が全面的に進歩することの条件になると考えることができます。
その意味からいえば、我が学校法人日本教育財団は高等教育の代表的存在である大学、専門学校、専門職大学を擁する機関として、専門職大学が持つ使命の固有性を鮮明に社会に提示するべきであるし、また実現者として優位な立場に立っていると考えます。そうである以上、新しい制度の実現者として大きな責務を負っていることの自覚を専門職大学の教職員が共有し、社会的責任を果たして行きたいと考えています。
[引用文献]
1)例えば“専門職大学等の設置構想のポイント”文部科学省高等教育局専門教育課、平成31年1月
2)持続可能な開発目標SDGs、2015年の国連総会で採択された『我々の世界を変革する持続可能な開発のための2030アジェンダ』
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